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2025年8月18日、ベトナム最高人民法院ホーチミン市控訴裁判所は、台湾国籍のTseng Wei H氏とベトナム法人Pou Y Vietnam有限責任会社(縫製業の外資100%企業・以下「公司A」)との間の労働契約終了に係る損害賠償及び手当をめぐる紛争について判決(判決番号01/2025)を下しました。Tseng Wei H氏は公司Aの上級幹部として勤務していましたが、労働契約終了時の補償金・退職手当の支払いについて会社側と見解が対立し、訴訟に発展したものです。この事例は、ベトナムで事業展開する外資系企業(FDI企業)と外国人労働者との間で頻発する労働紛争の典型例であり、ベトナム労働法の実務運用を理解する上で極めて重要な示唆を含んでいます。
ベトナムにおける労働契約終了紛争の法的構造
本件のような紛争は、2019年労働法(法律番号45/2019/QH14、2021年1月1日施行)の第XI章「労働契約の終了」及び第XII章「物的責任」に規定される諸条項を主要な法的根拠としています。特に重要となるのは、労働契約終了時の使用者側の義務、すなわち退職手当(trợ cấp thôi việc)の計算方法、損害賠償(bồi thường thiệt hại)の要件、そして支払期限です。
2019年労働法第1条は、同法が「労働者、使用者、基層労働者代表組織、使用者代表組織の、労働関係及び労働関係に直接関連するその他の関係における権利、義務、責任を規定する」と明記しています。この規定は、労働契約が単なる私的契約ではなく、国家が積極的に介入して労働者保護を図る公的性格を帯びた契約であることを示しています。外資系企業の経営者・人事担当者は、この基本認識を欠いたまま本国の労働慣行をベトナムに持ち込むと、予期せぬ訴訟リスクに直面することになります。
公司A事例に見る外国人幹部労働者の権利保護
本件において注目すべきは、Tseng Wei H氏が台湾国籍の外国人であり、かつ「上級幹部(cán bộ cấp cao)」という地位にあった点です。ベトナム労働法第2条第3項は「ベトナムで就労する外国人労働者」を明示的に適用対象としており、国籍による差別を禁じています(第8条第1項)。つまり、外国人幹部であっても、ベトナム人労働者と同等の労働法上の保護を受ける権利を有しているのです。
公司Aのような外資100%製造業企業では、技術移転・経営管理のため本国から派遣された幹部が多数勤務していますが、これらの幹部と会社との間で労働契約終了をめぐる紛争が生じた場合、会社側は「幹部だから特別扱い」「外国人だから本国法適用」といった誤った前提に立つことがあります。しかし、ベトナム裁判所は労働法を厳格に適用し、使用者側の義務履行を求める傾向が強く、本件判決もその流れに沿ったものと考えられます。
労働契約終了時の退職手当算定基準
2019年労働法の第XI章には、労働契約終了事由ごとの退職手当算定基準が詳細に規定されています。一般に、ベトナムでは勤続年数1年につき給与の2分の1か月分相当の退職手当が法定最低基準とされていますが(社会保険法との関連で変動する場合あり)、実際の支給額は契約内容、就業規則、労働協約等によって上積みされることがあります。
公司A事例では、Tseng Wei H氏が「損害賠償及び手当(bồi thường thiệt hại và trợ cấp)」の双方を請求している点が特徴的です。これは、単に法定退職手当の支払いだけでなく、会社側の契約違反ないし不当な労働契約終了行為によって生じた損害の賠償をも求めていることを意味します。ベトナムでは、使用者が正当な理由なく一方的に労働契約を解除した場合、または法定手続を遵守せずに解雇した場合、労働者は退職手当に加えて損害賠償を請求できる仕組みとなっています。
ベトナム最高人民法院控訴裁判所の判断枠組み
本件が最高人民法院ホーチミン市控訴裁判所(Tòa Phúc thẩm TANDTC tại TP.HCM)で審理されたという事実は、第一審判決に対して当事者のいずれかが不服申立てを行ったことを示しています。ベトナムの民事訴訟制度では、労働紛争は通常、企業所在地を管轄する地方人民法院で第一審が行われ、その判決に不服がある場合は控訴裁判所へ上訴する流れとなります。
控訴審裁判所は、労働法の解釈適用が適切であったか、証拠評価に誤りがなかったか、手続保障が十分であったかを審査します。特に外国人労働者が関与する事案では、労働契約書の言語(ベトナム語版と外国語版で内容齟齬がある場合の解釈)、社会保険・税務上の扱い、本国送金の有無等、通常のベトナム人労働者との紛争では問題とならない論点が浮上することがあります。
本件判決の具体的内容(原告請求認容額、会社側反論の採否、判決理由等)は公開情報から詳細を確認する必要がありますが、判決が2025年8月18日に下され、同年9月19日に公表されたという時系列は、ベトナム司法の透明性向上の一環として判決データベースへの登録が進んでいることを示唆しています。
外資系企業が直面する労働契約終了リスク
公司Aのような縫製業FDI企業は、景気変動や受注減少に伴う人員整理、業績不振幹部の解雇、事業再編に伴う組織変更等、様々な場面で労働契約終了を迫られます。しかし、ベトナム労働法は労働者保護を強く志向しており、使用者による一方的解雇には厳格な要件と手続が課されています。
2019年労働法第5条は労働者の権利として「労働契約の一方的終了」を明記する一方、第6条では使用者の義務として「労働契約、労働協約及びその他合法的な合意の履行」を定めています。つまり、労働者側には比較的自由な退職権が認められているのに対し、使用者側からの解雇には正当事由と適正手続が不可欠なのです。
特に外国人幹部の場合、高額な給与・諸手当が設定されているケースが多く、退職手当・損害賠償の金額も高額化しがちです。また、外国人労働者は労働許可証(work permit)の取得・更新が雇用継続の前提となっており、会社側が許可証更新手続を怠った結果として労働契約が終了した場合、会社の責任が問われる可能性もあります。
労働契約終了時の損害賠償請求権の法的根拠と立証責任
本件においてTseng Wei H氏が請求した「損害賠償(bồi thường thiệt hại)」は、2019年労働法第XIII章「労働契約違反」に根拠を置くものと考えられます。同法第129条は労働契約違反の一般原則を定め、契約違反によって損害を生じさせた当事者は相手方に対して賠償責任を負うと明記しています。労働契約終了場面における損害賠償は、主として①使用者が違法に一方的解雇を行った場合、②使用者が法定退職手当を支払わない場合、③労働契約または法令に定められた手続を遵守しなかった場合に発生します。
公司A事例では、Tseng Wei H氏が「損害賠償及び手当」の双方を請求していることから、退職手当の不払いのみならず、契約終了プロセスにおける会社側の何らかの義務違反が主張されたものと推察されます。ベトナムの実務では、外国人幹部との労働契約終了時に、①退職手当の計算基準(給与に含まれる手当の範囲)、②通知期間の遵守、③労働許可証失効との関係、④社会保険精算などをめぐって紛争が頻発しています。
退職手当算定における「給与」概念の解釈
2019年労働法第47条第2項は、退職手当を「勤続年数1年につき給与の2分の1か月分」と規定していますが、ここでいう「給与(tiền lương)」の範囲が実務上の最大の争点となります。同法第90条第1項は、給与を「使用者が労働契約に基づいて労働者に対し、合意された職務、職位または職称に応じて支払う金額」と定義し、第2項は「給与には基本給及び給与補足項目が含まれる」としています。
外国人幹部の場合、①基本給、②住宅手当、③交通費、④帰国旅費、⑤危険手当、⑥海外勤務手当など、多様な手当が設定されているケースが多く、これらのどこまでを退職手当算定の基礎「給与」に含めるかが紛争の火種となります。ベトナム最高人民法院の判例傾向としては、労働契約書に明記され、定期的・継続的に支払われる手当については「給与」に含めて退職手当を計算すべきとする方向で統一されつつあります。本件でも、Tseng Wei H氏の契約における給与構成がどのように定められていたか、また控訴裁判所がそれをどう解釈したかが判決の核心であったはずです。
外国人労働者の労働許可証と契約終了事由の関連性
外国人労働者の場合、労働許可証(giấy phép lao động)の有効期限と労働契約期間の関係が複雑な法的問題を生じさせます。2019年労働法第34条は労働契約の一般的終了事由を列挙していますが、外国人労働者については、労働許可証の失効が契約終了事由となり得るか、その場合の使用者責任はどうなるかが問題となります。
実務では、使用者が労働許可証更新手続を怠った結果として契約が終了した場合、使用者側の義務違反と評価され、損害賠償責任が生じるケースがあります。公司Aのような外資企業では、人事部門が外国人幹部の労働許可証管理を適切に行わず、失効後も就労を継続させていたり、更新手続の遅延により労働契約が中断したりする事例が少なくありません。こうした管理不備が訴訟において使用者側に不利な事情として考慮される可能性があります。
控訴審における証拠評価と立証責任の配分
ホーチミン市控訴裁判所による判決番号01/2025において注目すべきは、労働紛争における立証責任の配分です。ベトナム労働法は労働者保護を基本理念としており、使用者側に有利な主張(例えば「退職手当は既に支払済み」「労働者側に契約違反があった」など)については、使用者側が立証責任を負うのが原則です。
本件において公司A側が「Tseng Wei H氏に対して既に相当額の補償を行った」「契約終了は合意に基づくものであった」などの抗弁を行った場合、それを裏付ける書面証拠(領収書、合意書、銀行送金記録等)の提出が求められます。外資企業の実務では、外国人幹部との交渉を口頭で行い、書面を残さないケースがあり、これが訴訟で致命的弱点となります。控訴審裁判所は第一審の証拠評価を再審査し、法令解釈の統一性を確保する役割を果たします。
労働契約終了紛争が外資企業に与える影響
本件のような紛争は、公司Aのみならず、ベトナムで事業展開する外資製造業全般に共通する重要なリスク要因です。縫製業は労働集約型産業であり、多数の労働者を雇用する一方で、台湾・韓国・日本などから派遣された管理職・技術者も多く抱えています。これらの外国人幹部との労働関係管理が不適切であると、高額な損害賠償請求に直面するリスクがあります。
特に2019年労働法施行後、労働者側の権利意識が向上し、訴訟提起のハードルが下がっています。ベトナム最高人民法院は判例データベースの公開を進めており、本件判決のように外国人労働者と外資企業の紛争事例が公表されることで、同種訴訟が増加する可能性もあります。外資企業としては、労働契約書の精緻化、退職手当計算の透明化、労働許可証管理の厳格化など、予防的コンプライアンス体制の構築が不可欠です。
ベトナム法律事務所の実務的助言
公司A事例が示すとおり、ベトナムにおける労働紛争は法令の厳格な解釈適用を要求され、日系企業・台湾系企業などの外資系企業が本国の労働慣行をそのまま持ち込むことは極めて危険です。特に外国人幹部との契約終了局面では、事前の法的リスク評価と適切な手続遵守が必須となります。ベトナム労働法に精通した専門法律事務所による事前相談・契約書レビュー・交渉立会いは、予期せぬ訴訟リスクを回避する上で極めて有効です。
労働契約終了や外国人労働者雇用に関するご相談は、ベトナム労働法実務に精通したUNILAWまでお気軽にお問い合わせください。個別案件に応じた実践的な法的助言をご提供いたします。