ベトナム投資法律:外国投資家のための完全ガイド
2010年、シンガポールに拠点を置くA社(以下「A社」)は、ベトナムへの進出を決断しました。ソフトウェア開発を主事業とするA社は、ハノイに100%外資の子会社を設立し、ベトナム市場での事業展開を計画していました。しかし、その実現には、ベトナム投資法に基づく複雑な手続きと、様々な法的要件のクリアが不可欠でした。A社が直面したのは、投資登録証明書(以下「GCNĐT」)の取得、企業定款の整備、投資家の財務能力証明、さらには事業所在地に関する法的要件など、外国投資家特有の課題でした。この実例は、ベトナムにおける外国直接投資(FDI)の実務上の難しさと、専門的な法律支援の必要性を明確に示しています。
ベトナム投資法の基本的枠組み
ベトナムにおける投資活動は、現在、2020年投資法(法律第61/2020/QH14号)および2020年企業法(法律第59/2020/QH14号)を主要な法的根拠としています。両法律は2021年1月1日に発効し、それ以前の2014年投資法に代わる新たな法的枠組みを確立しました。
投資法第1条は、同法が「ベトナム国内における投資経営活動およびベトナムから海外への投資経営活動」を規律すると明確に定めています。外国投資家にとって特に重要なのは、第9条に規定される市場アクセス条件です。同条第1項は原則として、外国投資家はベトナム国内投資家と同等の市場アクセス条件が適用されることを定めていますが、第2項では政府が「外国投資家に対する市場アクセス制限業種リスト」を公布する権限を有することが規定されています。
A社のケースでは、ソフトウェア開発・製造(産業分類コード62010)が事業内容でしたが、この分野は外国投資家に対する制限業種には含まれていませんでした。しかし、それでもなお、投資登録証明書の取得には詳細な法的手続きと、複数の要件充足が求められたのです。
投資登録証明書(GCNĐT)取得の実務
外国投資家がベトナムで新会社を設立する場合、投資法および関連政令に基づき、投資登録証明書の取得が必要となります。計画投資省(MPI)が2021年1月20日付で発行した公文書第324/BKHĐT-PC号は、2020年投資法の施行細則となる政令が未発行の期間における手続きの暫定的指針を示しました。同公文書には、投資登録申請書、投資プロジェクト提案書、投資家選定承認文書など、標準的な書式が添付されています。
A社が直面した主要な法的論点は以下の通りでした:
- 事業内容と事業目的の整合性:投資登録申請書に記載される事業分野と、実際の事業目的が完全に一致していることが求められました。「ソフトウェア開発・製造」という表現の統一性が、書類審査の重要なポイントとなりました。
- 企業定款の完全性:ベトナム企業法に準拠した定款の作成が必要でしたが、特に所有者代表者(A社の取締役)の情報を全ての該当箇所に漏れなく記載することが要求されました。
- 投資家の意思決定文書の適法性:A社(親会社)の取締役会決議には、登記上の全取締役の署名が必要でした。当初提出された決議には3名の取締役のうち2名の署名しかなく、追加署名または説明が求められる事態となりました。
- 財務能力の証明:投資法は外国投資家に対し、プロジェクト実施のための十分な財務能力を証明することを要求しています。A社の場合、財務諸表のベトナム語翻訳が必須でした。さらに、仮に財務諸表が損失を示している場合には、銀行預金残高証明書などで実際の資金力を補完する必要がありました。
- 事業所所在地の法的要件:事業所として使用する物件の賃貸借契約に関し、賃貸人と設立予定企業との法的関係の明確化が求められました。また、ハノイ市チャンタイトン通り66番地のラッキービル(Lucky Building)が、実際にオフィス機能を有する建物であることの確認も必要でした。
外国投資プロジェクトにおける典型的な法的課題
A社の事例から浮き彫りになるのは、ベトナム投資法制における「形式的完全性」の重視です。投資法第3条は「投資登録証明書」を「書面または電子形式による、投資家の投資プロジェクトに関する登録情報を記録した文書」と定義していますが、この「登録情報」には極めて高い正確性と完全性が求められます。
実務上、外国投資家が最も苦慮するのは、本国の法制度とベトナムの法制度との差異です。例えば、企業定款の構成、取締役会決議の形式、財務諸表の様式などは、国によって大きく異なります。シンガポールの会計規制に基づいて作成されたA社の財務諸表は、そのままではベトナム当局の審査基準を満たさず、追加の説明文書や翻訳が必要となりました。
また、投資登録申請は単なる「届出」ではなく、当局による実質的な「審査」を伴います。計画投資局(DPI)は、提出書類の形式的完全性のみならず、事業計画の実現可能性、投資家の信用性、プロジェクトが地域経済に与える影響なども総合的に評価します。この審査過程で、複数回にわたる補正要求や追加説明要求が出されることは決して珍しくありません。
投資法における業種規制の構造
ベトナム投資法は、投資活動に対する規制を三層構造で定めています。第一に、第6条で定める「投資禁止業種」があります。これには、麻薬取引(付録I記載物質)、特定の化学物質・鉱物取引(付録II)、絶滅危惧種の取引、売春、臓器売買、クローン技術、爆竹取引、債権回収業などが含まれます。
第二に、第7条で定める「条件付投資業種」があります。同条第2項は、条件付業種のリストを付録IVとして法律本体に添付することを定めており、第3項は、その条件を「国会の法律・決議、常務委員会の条例・決議、政府の政令および国際条約」によって定めるとしています。重要なのは、同条第3項後段が「省庁、省同格機関、各級人民評議会・人民委員会、その他の機関・組織・個人は、投資経営条件を定めることができない」と明確に規定している点です。これは、投資規制の法源を厳格に限定し、地方政府や下位機関による恣意的な規制を防止する趣旨です。
第三に、第9条で定める「外国投資家に対する市場アクセス制限」があります。これは内国民待遇の例外として、特定業種について外国投資家に追加的な条件を課すものです。同条第2項は、政府が「市場アクセス未開放業種」と「条件付市場アクセス業種」のリストを公布することを定めています。
A社のソフトウェア開発事業は、これらいずれの制限にも該当しませんでしたが、それでも投資登録証明書の取得には、前述のような詳細な手続的要件の充足が必要でした。これは、ベトナム投資法制が「業種規制」と「手続規制」を明確に区別しており、制限業種でなくとも、外国投資家は厳格な手続的統制を受けることを意味しています。
Unilawによる包括的支援の実際
A社の案件において、Unilawは単なる書類作成代行ではなく、投資プロジェクト全体の法的アーキテクトとしての役割を果たしました。具体的には、投資ストラクチャーの設計から、投資登録証明書申請書の起草、企業定款の作成、当局との折衝、補正要求への対応、そして最終的な許認可取得までの全過程を支援しました。
特に重要だったのは、計画投資局からの補正要求に対する迅速かつ的確な対応です。前述の取締役会決議の署名不足、財務諸表の翻訳、事業所物件の法的地位の明確化など、複数の論点について、Unilawは法的根拠を示しながら説明文書を作成し、あるいは追加証拠書類を準備しました。こうした専門的対応により、審査プロセスの遅延を最小限に抑え、プロジェクトの円滑な進行を実現しました。
さらに、Unilawは単に法的問題を「解決する」だけでなく、将来的なリスクを「予防する」視点も提供しました。例えば、企業定款の条項については、当局の要求を満たすだけでなく、将来の事業拡大や株主構成の変更にも柔軟に対応できる内容とするよう助言しました。また、投資登録証明書に記載される事業範囲についても、当初の事業計画を超えた将来的な事業展開の可能性を視野に入れた提案を行いました。
2020年投資法施行後の実務上の変化
A社の案件は2010年に実施されたものですが、2021年1月1日に施行された2020年投資法は、それ以前の法制度から重要な変更をもたらしました。最も大きな変化は、投資手続の簡素化と透明性の向上です。
投資法第4条は、同法と他の法律との関係を明確に規定しています。特に第3項は、投資法と他の法律との間に「投資手続」について相違がある場合、投資法が優先適用されることを原則としつつ、企業法、投資公社法、PPP法、建設法、住宅法、不動産経営法、信用機関法、保険事業法、石油ガス法、証券法については、それぞれの法律が定める手続を尊重する旨を定めています。この規定により、法令間の抵触による実務上の混乱が相当程度解消されました。
また、投資法第7条第7項は、条件付投資業種とその条件を「企業登録国家ポータル」に掲載することを義務付けています。これにより、投資家は事前にオンラインで正確な情報を入手できるようになり、不透明性が大幅に軽減されました。A社の案件当時(2010年)には、こうした情報の一元的公開システムは存在せず、投資家は個別に関係省庁に照会する必要があったため、現在の制度は大きな進歩といえます。
さらに、投資法第3条第12項は「国家投資情報システム」を定義し、投資案件の監視・評価・分析のための専門情報システムの構築を定めています。同条第3項は「国家投資データベース」を全国の投資プロジェクトに関するデータの集合体と定義しており、これらのデジタル基盤整備により、投資管理の効率性と透明性が飛躍的に向上しています。
財務能力証明と投資家適格性審査の実務
投資法第29条は、投資登録手続における投資家審査の法的根拠を定めています。同条第3項は、Chấp thuận chủ trương đầu tư(主張承認)が必要な案件について、投資家の財務能力、技術能力、および信用性を評価することを明確に規定しています。ただし、A社のような通常の外国投資案件においても、実務上は同様の審査が行われます。
A社の案件において特に問題となったのは、財務諸表が示す財務状況の評価でした。シンガポール会計規制に基づいて作成された財務諸表は、当期損失を計上していた可能性があり、計画投資局はこの点について、銀行預金残高証明書による補完を要求しました。これは、投資法第3条第23項が定義する「vốn đầu tư」(投資資本)の実質的存在を確認するためです。同項は、投資資本を「民法および国際条約の規定に従った金銭その他の財産」と定義していますが、この「財産」が実際に存在し、プロジェクト実施に充当可能であることの立証が求められるのです。
実務上、外国投資家は二重の財務証明を求められることが一般的です。第一に、親会社の財務諸表による継続企業性と資産基盤の証明、第二に、当該プロジェクトのための具体的な資金調達手段の証明です。A社の場合、vốn điều lệ(定款資本)が50,000米ドルと比較的小規模であったため、銀行残高証明書の提出により財務能力が認められましたが、より大規模な案件では、銀行融資コミットメントレターや親会社の資本増強決議などの追加証拠が必要となることがあります。
企業定款と組織統治の法的要件
企業法2020第24条は、有限責任会社の定款必須記載事項を詳細に規定しています。同条第1項各号は、会社名称、本店所在地、事業目的・範囲、定款資本、構成員の氏名・持分、構成員の権利義務、会社代表者、紛争解決方法など、17項目にわたる記載事項を列挙しています。A社の子会社は一人有限責任会社形態を採用する予定でしたが、この場合、企業法第78条以下の特別規定が適用されます。
計画投資局がA社の定款草案について指摘した「所有者代表者情報の欠落」は、企業法第79条第1項が定める「Chủ sở hữu công ty」(会社所有者)の概念と密接に関連しています。同条は、一人有限責任会社における所有者の権限として、定款の承認・修正、事業戦略の決定、会社組織の決定、会社長の任免などを列挙しており、これらの意思決定者が誰であるかを定款上明確にすることが不可欠です。A社の事例では、親会社SYNERGIX TECHNOLOGIES PTE LTDが所有者であり、その代表取締役であるKOH YANG UEI氏が所有者代表者として行動する構造でしたが、この法的関係を定款の全ての関連条項に一貫して記載する必要がありました。
さらに重要な論点として、取締役会決議の署名の完全性が挙げられます。A社の親会社は、シンガポール会社登記簿上3名の取締役を有していましたが、ベトナムへの投資を決定する取締役会決議には2名の署名しかありませんでした。この場合、シンガポール会社法上の定足数要件が充足されていれば有効である可能性がありますが、ベトナム当局は形式的完全性を重視し、全取締役の署名または欠席取締役に関する説明を要求しました。これは、投資法が外国法人の内部手続の実質的有効性まで審査することを示しています。
事業所所在地と賃貸借契約の法的論点
投資登録申請において、事業所所在地の法的地位は重要な審査ポイントです。A社は、ハノイ市チャンタイトン通り66番地ラッキービル10階1002号室を事業所として計画していましたが、賃貸借契約の当事者構造に疑義が生じました。
契約上の賃貸人はNguyễn Thị Lan氏という個人であり、賃借人は設立予定のCÔNG TY TNHH SYNERGIX TECHNOLOGIES VIỆT NAMでした。しかし、会社設立前の段階では、当該法人格は未だ存在しません。この法的矛盾を解決するため、実務上は二つのアプローチが採られます。第一に、設立発起人(この場合は親会社または個人代表者)が暫定的に賃借人となり、会社設立後に賃借人名義を変更する方法、第二に、「設立予定会社のために」という条件付で契約を締結し、設立後に法人が権利義務を承継する構造を採る方法です。
また、計画投資局は、ラッキービルが実際にオフィス機能を有する建物であることの確認を求めました。これは、投資法第3条第4項が定義する「dự án đầu tư」(投資プロジェクト)が「địa bàn cụ thể」(具体的地域)における活動であることを要求しているためです。単なる住所の記載ではなく、当該場所が事業目的に適合した物理的・法的条件を備えていることの立証が必要なのです。このため、建物の使用許可証、建築許可証、あるいは所有者による用途証明などの追加書類が求められることがあります。
投資登録手続の透明性向上と電子化の進展
前述の計画投資省公文書第324/BKHĐT-PC号は、2020年投資法施行直後の暫定的手続指針を示したものですが、その後、政府は投資手続の透明性と効率性を大幅に向上させました。
投資法第7条第7項は、「ngành, nghề đầu tư kinh doanh có điều kiện và điều kiện đầu tư kinh doanh」(条件付投資業種および投資条件)を「Cổng thông tin quốc gia về đăng ký doanh nghiệp」(企業登録国家ポータル)に掲載することを義務付けています。さらに、同法第3条第12項は「Hệ thống thông tin quốc gia về đầu tư」(国家投資情報システム)を定義し、投資案件の監視・評価・分析のための専門情報システムの構築を定めています。これらの規定により、投資家は事前にオンラインで正確な規制情報を入手でき、また当局も全国の投資案件を一元的に管理できるようになりました。
A社の案件が実施された2010年当時には、こうしたデジタル基盤は存在せず、投資家は個別に関係省庁に照会し、書面で申請書類を提出する必要がありました。現在では、投資登録証明書の申請から交付までの全過程がオンライン化され、処理期間も大幅に短縮されています。また、投資法第3条第11項は「Giấy chứng nhận đăng ký đầu tư」を「văn bản bằng bản giấy hoặc bản điện tử」(書面または電子形式の文書)と定義しており、電子証明書の法的効力が明確に認められています。
Unilawの専門的支援とその実務的価値
A社の投資案件において、Unilawは単なる書類作成代行者ではなく、法的リスクの予見と解決策の提案を行う戦略的パートナーとしての役割を果たしました。特に重要だったのは、計画投資局からの補正要求に対する迅速かつ法的根拠に基づいた対応です。
財務能力証明の問題については、投資法および関連規定を精査し、銀行残高証明書という実務上認められる代替手段を提案しました。取締役会決議の署名不足については、シンガポール会社法上の定足数要件を確認し、法的有効性を説明する文書を作成しました。事業所賃貸借契約については、会社設立前後の法的関係を整理し、当局が受け入れ可能な契約構造を助言しました。
こうした専門的対応により、A社は投資登録証明書を無事取得し、ベトナムにおける事業展開の法的基盤を確立することができました。外国投資家にとって、ベトナム投資法制の複雑さと手続的厳格性は大きな障壁となり得ますが、経験豊富な法律専門家の支援により、これらのハードルを効率的に克服することが可能となります。
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