ベトナムにおける国際 商標の法的保護と権利行使の戦略的実務分析
ベトナムの経済開放とグローバル化が進む中で、外国企業が保有するブランドの保護、すなわち国際 商標の適切な管理と防衛は、事業の成否を分ける極めて重要な法的課題となっています。ベトナムの法体系は、2005年知的財産権法(その後の2009年、2019年、2022年の改正を含む)を中核とし、マドリッド協定および同議定書といった国際条約に基づいています。特に、外国で登録された商標をベトナム国内で実効的に保護するためには、国内法と国際基準の双方を深く理解する必要があります。本稿では、ベトナムにおける商標権の確立、国際登録の効力、そして近年の画期的な判例を通じた侵害対策の実務について、法律家の視点から包括的に分析します。
1. 国際 商標の法的根拠と権利の確立
ベトナムにおいて商標権が法的保護を受けるためには、原則として「先願主義(ファースト・トゥ・ファイル)」に基づき、知的財産局への登録が必要となります。知的財産権法第6条第3項(a)によれば、商標権は知的財産局による登録決定、または国際条約に基づく国際登録の承認によって発生します。国際 商標の保護ルートには、大きく分けて以下の二つが存在します。
1.1. マドリッド制度に基づく国際登録
ベトナムはマドリッド協定議定書の締約国であり、世界知的所有権機関(ダブリュー・アイ・ピー・オー)を通じて、ベトナムを指定国に含めることで保護を求めることが可能です。議定書第27条に基づき、知的財産局は国際事務局からの通知を受けてから12ヶ月以内に、保護の可否を判断しなければなりません。承認された場合、その商標はベトナム国内で直接出願・登録された商標と同等の法的効力を有します。
1.2. 著名商標(周知商標)の例外
知的財産権法第6条第3項(a)の但し書きおよび第75条は、登録の有無にかかわらず、ベトナム国内の関連する公衆に広く知られている「周知商標」については、使用によって権利が発生することを認めています。しかし、周知性の立証は、使用期間、範囲、広告宣伝費、売上高などの膨大な証拠を必要とするため、実務上は極めて困難です。
2. 判例分析:国際登録第1303557号(ショップバック事件)
国際 商標の効力発生時期とドメイン名の競合を巡る重要な事例として、イーコマース・イー社(シンガポール法人)とヴ・マイン・ホアン・エイチ氏との間の紛争(判決番号:39/2022/ケーディーティーエム-ピーティー)があります。
2.1. 事件の概要と法的争点
原告は、2016年5月19日に国際登録された商標「ショップバック」を保有し、2017年6月19日にベトナム知的財産局から保護を承認されました(決定番号:2021/キューディー-エスエイチティーティー)。一方、被告は2016年6月23日に、当該商標と同一のドメイン名(shopback.vn等)を登録し、使用していました。争点は、国際登録の優先日とベトナムでの承認日の間に登録されたドメイン名が、商標権を侵害するか、あるいは不正競争に該当するかという点でした。
2.2. 裁判所の判断
第一審は商標の周知性を認め、ドメイン名の回収を命じましたが、控訴審(ホーチミン市人民高等裁判所)は、ドメイン名登録時において当該商標がベトナムで未だ保護されておらず、周知商標としての立証も不十分であったと判示しました。この判決は、を国際ルートで保護する場合、ベトナムでの権利確定までの「空白期間」に第三者が類似の標章を登録するリスクを浮き彫りにしました。
3. 日本企業のブランド防衛:スーパーホテル事件
日本企業がベトナムでの権利を確実に守った事例として、日本法人株式会社スーパーホテルに関連する紛争(判決番号:609/2023/ディーエス-ピーティー関連)があります。
株式会社スーパーホテルは、1995年から日本で商標を保護しており(登録第4266034号)、ベトナムにおいても2012年に「スーパーホテル」の商標登録を完了させていました(登録第193206号)。現地パートナーとのホテル管理契約において、当該商標の使用権が争われましたが、裁判所は日本の登録原簿の翻訳資料やベトナムでの更新状況を精査し、原告の独占的権利を確認しました。この事例から、国際 商標を保護するためには、自国での登録実績を適切に公証・認証し、ベトナムでの権利維持手続き(更新)を怠らないことが不可欠であることが分かります。
4. 商標侵害の認定基準と立証責任
知的財産権法第129条に基づき、権利者の許可なく以下の行為を行うことは、商標権の侵害とみなされます:
- 保護された商標と「同一」の符号を、同一の商品・サービスに使用すること。
- 保護された商標と「類似」の符号を、同一または類似の商品・サービスに使用し、消費者に混同を生じさせること。
- 周知商標と同一または類似の符号を使用し、その名声を不当に利用すること。
訴訟において、原告は自らが正当な権利者であること(商標登録証または国際登録承認書)および、侵害の事実(侵害品、購入インボイス、カタログ等)を証明しなければなりません。特に「類似性」の判断において、知的財産科学研究所による鑑定報告書は極めて強力な証拠となります。
5. 不正競争とドメイン名紛争
商標権の直接的な侵害だけでなく、商標をドメイン名に流用する行為も、知的財産権法第130条第1項(d)に基づき「不正競争行為」として禁止されています。
ビー・エム・ダブリュー社(ドイツ法人)が提訴した事件(判決番号:1133/2018/ケーディーティーエム-エスティー)では、被告が「bmwmotorrad.vn」等のドメイン名を無断で登録し、修理サービスの提供に使用していました。裁判所は、国際登録(第145185号等)の有名性を利用して不当な利益を得る目的があったと認定し、ドメイン名の取り消しと法的費用の賠償を命じました。
6. 損害賠償請求の算定と救済手段
国際 商標の侵害が認められた場合、権利者は以下の民事上の救済を求めることができます:
- 侵害行為の差し止め: 製造、販売、広告の即時停止。
- 損害 賠償 請求: 利益の減少分、侵害者の不当利益、またはロイヤリティ相当額に基づき算出されます。
- 法的措置費用の補填: 多くの判例で、三億ベトナムドン程度の「合理的な弁護士費用」の支払いが被告に命じられています。
- 公開謝罪: 新聞や雑誌での侵害事実の公表と謝罪。
特に、具体的な損害額の立証が困難な場合、裁判所は知的財産権法第205条第1項(d)に基づき、最大五億ベトナムドンの「法定賠償金」を裁量で定めることができます。
7. 行政・刑事ルートとの併用
ベトナムでは、裁判所によるだけでなく、科学技術省の監査官や市場管理当局による「行政処分」も非常に効果的です。行政手段は迅速であり、模倣品の没収や廃棄、罰金の科罰が可能です。また、大規模かつ組織的な偽ブランド品の販売については、刑法第226条に基づき「産業所有権侵害罪」として刑事罰(最高五億ドンの罰金または禁錮)の対象となります。
8. 企業への実務的アドバイス
ベトナムでのブランド保護を最大化するために、は以下の戦略を推奨します:
- マドリッド登録の早期指定: 第三者によるドメイン名や商標の先取りを防ぐため、市場参入前の登録を徹底すること。
- 領事認証の完備: 外国で作成された証拠資料(委任状、登録証明書等)は、必ずベトナム大使館等での領事認証を取得すること。
- 税関監視の活用: 税関総局に対して商標情報の登録を行い、水際での模倣品輸出入を阻止すること。
- 専門家の選定: ベトナムの裁判実務と行政手続きの双方に精通したに相談し、総合的な知財ポートフォリオを構築すること。
9. 結論
ベトナムにおける国際 商標の保護は、単なる登録手続きを超え、侵害の発生を見越した重層的な防御戦略が求められます。マドリッド制度を活用しつつも、国内の判例動向を注視し、証拠保全のための「ヴィ・バン(事実確認書)」の作成や専門機関による鑑定を戦略的に組み合わせることが、勝利への鍵となります。
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