顧問弁護士会社 – ベトナムにおける企業法務リスクと法律顧問の重要性
2023年1月5日、ホーチミン市高等人民裁判所は、ベトナムの企業法実務において極めて示唆的な判決(判決番号02/2023/KDTM-PT)を下しました。この事件は、Dệt tơ tằm V有限責任会社(絹織物会社)の設立をめぐる紛争で、出資者の一人であるĐoàn Trọng T氏が、会社設立時の出資金20億ドン(約100万米ドル相当)の全額が自己の資金であり、他の二名の出資者D氏とS氏は単に「名義上の出資者」に過ぎず、実際の出資比率40%-30%-30%は形式的なものであったと主張したものです。この訴訟は、ベトナムで事業を展開する日系企業にとって看過できない重要な教訓を含んでいます。
この判決が依拠した法的根拠は、2005年企業法、2014年企業法、2015年民事訴訟法、並びに企業登録に関する政令139/2007/NĐ-CP及び政令78/2015/NĐ-CPです。ベトナム法において、会社の出資構造は企業登録証明書に記載された内容が法的効力を持つという原則が確立されています。しかし実務上、T氏のケースのように「名義貸し」や「隠れた出資構造」を主張する紛争が後を絶たず、これが企業統治の混乱や深刻な法的リスクを生む原因となっています。
ベトナム企業法における出資者の権利と企業登録の法的効力
2014年企業法(現行法は2020年企業法)は、有限責任会社における出資者の権利と義務を詳細に規定しています。同法第48条は、出資者の基本的権利として、出資比率に応じた利益配当請求権、会社経営への参加権、残余財産分配請求権などを明記しています。重要なのは、これらの権利は「企業登録機関に登録された出資比率」に基づいて行使されるという点です。
政令78/2015/NĐ-CPは、企業登録手続きにおいて、出資者の氏名、住所、出資額、出資比率、出資の種類を企業登録証明書に正確に記載することを義務付けています。この登録内容は公的記録として法的推定力を有し、第三者に対する対抗要件となります。つまり、登録された出資構造と実際の資金拠出が異なる場合、原則として登録内容が優先されるのです。
Đoàn Trọng T氏の事件では、まさにこの原則が争点となりました。T氏は20億ドン全額を自己資金で拠出したと主張しましたが、企業登録証明書上はD氏40%、S氏30%、T氏30%という出資構成が記載されていました。裁判所は、登録内容の法的効力を重視し、T氏が「名義貸し」であったことを立証する明確な証拠を提出できなかったことから、T氏の主張を退ける判断を示しました。
日系企業が直面する「名義貸し」リスクと法律顧問の役割
この判例が日系企業に投げかける警告は深刻です。ベトナムでは、外資規制や業種規制を回避する目的で、あるいは現地パートナーとの関係構築のため、ベトナム人名義で出資構造を組むケースが散見されます。しかし、いったん紛争が生じた場合、「実質的な出資者は自分である」という主張を法的に立証することは極めて困難です。
2015年民事訴訟法第93条は、民事訴訟における立証責任について、自己の権利主張を行う当事者がその事実を証明する責任を負うと規定しています。T氏のケースでは、20億ドン全額を自己が拠出したことを示す銀行送金記録、会計帳簿、D氏・S氏との間の名義貸し契約書などの客観的証拠が不十分であったため、裁判所は登録内容を覆すに足る証拠がないと判断しました。
この事例から明らかなように、企業設立時の出資構造設計は、単なる形式的手続きではなく、将来の紛争リスクを左右する極めて重要な法的判断です。特に日系企業の場合、日本本社の意思決定プロセス、ベトナム現地法人の実態、そしてベトナム法の要求事項の三者を整合させる高度な法的調整が必要となります。
企業法務における予防法務の重要性──設立段階からの法律顧問関与
Unilawがこれまで支援してきた日系企業の事例からも、会社設立段階から専門的な法律顧問が関与することの重要性が浮き彫りになっています。企業登録前の段階で、出資構造の法的リスク評価、株主間契約の整備、議決権行使メカニズムの設計、将来の紛争解決条項の策定など、包括的な予防法務対策を講じることで、T氏のような紛争を未然に防ぐことが可能です。
2014年企業法第50条は、有限責任会社の定款において出資者の権利義務を詳細に規定できると定めています。この条項を活用し、出資比率と実際の資金拠出、経営権配分、利益配分などを明確に区別して定款に規定することで、登録上の出資構造と実質的な権利関係のギャップを法的に管理することが可能になります。ただしこれには、ベトナム企業法の深い理解と、日本企業の商慣習を踏まえた実務的な文書作成能力が不可欠です。
さらに政令139/2007/NĐ-CP及び政令78/2015/NĐ-CPは、企業登録後の出資者変更、出資比率変更についても厳格な手続きを要求しています。これらの変更は企業登録機関への届出と登録証明書の書き換えを伴うため、事後的な調整には時間とコストがかかります。設立当初から適切な構造を設計することで、こうした事後調整コストを回避できます。
継続的な法律顧問契約がもたらす企業法務リスクの低減効果
企業運営において、設立後も継続的に法律顧問のサポートを受けることは、単発の法律相談とは質的に異なる価値を提供します。継続的な顧問契約により、法律顧問は企業の事業内容、組織構造、意思決定プロセス、主要な取引関係を深く理解し、日常的な法的判断において文脈に即した助言が可能になります。
T氏の事件のような出資者間紛争は、多くの場合、会社設立後数年を経て表面化します。その間、出資者間の力関係の変化、事業方針の対立、利益配分をめぐる不満などが蓄積し、ある時点で法的紛争として爆発します。継続的な法律顧問が関与していれば、こうした兆候を早期に察知し、株主総会の適切な運営、定款変更による権利調整、調停による紛争解決など、訴訟に至る前の段階で対応策を講じることができます。
ベトナム企業法は頻繁に改正されており、2020年企業法では出資者の権利保護に関する規定がさらに強化されました。継続的な法律顧問関係があれば、こうした法改正の影響を迅速に評価し、定款や社内規程の見直し、新たなコンプライアンス要件への対応など、先手を打った対策が可能になります。日系企業の場合、日本本社への報告義務や日本の親会社法制との整合性確保も求められるため、両国の法制度に精通した顧問弁護士の存在は不可欠です。
出資構造紛争における立証責任と証拠法理──判決02/2023/KDTM-PTが示す実務的教訓
2015年民事訴訟法第93条は、「各当事者は、自己の請求又は反論の根拠となる事実を証明する責任を負う」と規定しています。この立証責任の原則は、企業法務紛争において極めて重要な意味を持ちます。Đoàn Trọng T氏対Dệt tơ tằm V有限責任会社の事件(判決番号02/2023/KDTM-PT、ホーチミン市高等人民裁判所、2023年1月5日)において、裁判所はまさにこの原則を厳格に適用しました。T氏は20億ドン全額が自己の出資であり、D氏とS氏は名義上の出資者に過ぎないと主張しましたが、この主張を裏付ける客観的証拠──銀行送金記録、D氏・S氏との間の名義貸し契約書、会計帳簿などの書面証拠──を十分に提出できませんでした。
裁判所の判断において決定的だったのは、企業登録証明書に記載された出資構造の法的推定力です。政令78/2015/NĐ-CPは、企業登録証明書が公的記録として第三者に対する対抗力を有すると規定しており、この登録内容を覆すには「明白かつ説得力のある反証」が必要とされます。T氏のケースでは、口頭証言や部分的な資金移動記録のみでは、登録された40%-30%-30%という出資構成を覆すに足る証拠とは認められませんでした。この判決は、ベトナム企業法実務において「形式的な登録内容が実質に優先する」という原則を改めて確認するものとなりました。
さらに重要な法的論点として、2014年企業法第52条は、有限責任会社における出資者の出資義務を詳細に規定しています。同条によれば、出資者は定款に記載された期限内に出資義務を完全に履行しなければならず、出資義務の不履行は会社及び他の出資者に対する責任を生じさせます。実務上の問題は、「誰が真の出資者か」という実質判断ではなく、「登録された各出資者が法的に出資義務を負っているか」という形式判断が優先されることです。T氏の事件では、仮にT氏が実際に20億ドン全額を拠出したとしても、D氏とS氏が企業登録証明書上40%と30%の出資者として記載されている以上、法的には彼らも出資者としての権利義務を有すると判断されました。
この判決から導かれる実務的教訓は、日系企業にとって極めて重大です。ベトナムで現地パートナーと合弁会社を設立する際、あるいは外資規制業種において間接的な支配構造を構築する際、名義上の出資構造と実質的な資金拠出・経営支配の関係を明確に法的文書化しておかなければ、将来の紛争において「実質的支配者」であることを立証できないリスクが生じます。特に注意すべきは、ベトナム法では日本の会社法のような「隠れた出資者」や「信託的構成」の概念が確立していないため、形式と実質の乖離を事後的に主張することが極めて困難である点です。
株主間契約と定款設計による予防的リスク管理──法律顧問の専門的役割
判決02/2023/KDTM-PTのような紛争を予防するためには、会社設立段階から包括的な法的文書整備が不可欠です。2014年企業法第24条は、有限責任会社の定款が会社及び出資者を拘束する最高規範であると規定しており、第50条はその記載事項を詳細に定めています。専門的な法律顧問の関与により、定款において①登録上の出資比率、②実際の資金拠出割合、③議決権配分、④利益配当比率、⑤経営権の配分などを明確に区別して規定することで、形式と実質のギャップを合法的に管理することが可能になります。
さらに重要なのは、出資者間で締結する株主間契約(Shareholders’ Agreement)の整備です。ベトナム企業法は株主間契約の有効性を認めており、定款に記載されていない事項についても、出資者間の私的合意として法的拘束力を持たせることができます。T氏の事件において、もし設立時にD氏・S氏との間で「名義貸し」の事実と真の出資者がT氏であることを明記した公証済みの株主間契約が存在していれば、裁判所の判断は異なっていた可能性があります。ただし、こうした契約が有効性を持つためには、ベトナム契約法及び企業法の要件を満たす厳格な文書作成が必要であり、これには専門的な法的知識が不可欠です。
Unilawの法律顧問サービスでは、日系企業の会社設立支援において、単なる登記手続き代行にとどまらず、将来の紛争リスクを見据えた出資構造設計、定款条項の精密な起草、株主間契約の整備、議決権行使メカニズムの構築など、包括的な予防法務対策を提供しています。特に重要なのは、日本本社のガバナンス要求、ベトナム法の強行規定、そして現地ビジネス慣行の三者を調和させる実務的な解決策を見出すことです。
継続的法律顧問関係がもたらす企業価値の向上
企業法務リスクは、会社設立時のみならず、事業成長に伴い継続的に変化します。出資者の追加、出資比率の変更、事業譲渡、組織再編など、企業のライフサイクル全体を通じて法的判断が求められます。継続的な顧問弁護士契約により、企業の成長段階に応じた先手の法的対策、法改正への迅速な対応、日常的な契約審査やコンプライアンス助言など、トータルな法的サポートが実現します。
判決02/2023/KDTM-PTが示すように、一度紛争が訴訟段階に至れば、解決には長期間と多大なコストを要し、企業経営に深刻な影響を及ぼします。予防法務への投資は、こうした紛争コストを回避し、企業価値を保全する最も効率的な手段です。ベトナムで事業を展開する日系企業の皆様には、会社設立段階から専門的な法律顧問を活用し、堅固な法的基盤の上に事業を構築されることを強くお勧めいたします。
ベトナム企業法務及び顧問弁護士サービスに関するご相談は、日本語対応可能なUnilawまでお気軽にお問い合わせください。貴社の事業実態に即した実務的な法的ソリューションをご提案いたします。