投資詐欺法律相談 – ベトナムにおける投資詐欺の実態と法的対応
2025年9月、ハノイ市人民裁判所は、国際株式・金融投資を装った大規模な詐欺事件の判決を言い渡しました。この事件では、被告らが少なくとも27社のペーパーカンパニーと15箇所以上の事務所をホーチミン市及びビンズオン省に設立し、ZenoMarkets、Londonex、CHMarkets、TradeTimeといった偽の国際証券・外国為替取引プラットフォームのウェブサイトを構築していました。これらのプラットフォームはMetaTrader 4/5ソフトウェア上で稼働していましたが、実際の金融市場には一切接続されていませんでした。
詐欺の手口は極めて巧妙でした。営業担当者は事前に用意されたスクリプトに基づいて顧客を誘導し、最初は小額の取引で「勝たせる」ことで信頼を構築します。その後、顧客が大金を入金すると、システムを操作して「強制ロスカット」を発生させ、投資資金を全額失わせるという仕組みです。この事件では19名の被告が起訴され、ベトナムにおける投資詐欺の深刻な実態が明らかになりました。
ベトナムで事業展開する日本企業や日本人投資家にとって、このような投資詐欺のリスクは決して他人事ではありません。特に、外国人をターゲットにした詐欺スキームは年々巧妙化しており、一見すると正規の投資機会に見えるケースも少なくありません。本記事では、ベトナムにおける投資詐欺の法的枠組み、実際の判例、そして被害に遭った場合の法的対応について、実務経験に基づいて詳しく解説いたします。
ベトナム法における投資詐欺の法的定義と刑事責任
ベトナムにおける投資詐欺は、主にベトナム刑法における詐欺罪の規定によって処罰されます。前述のハノイ市人民裁判所の判決で扱われた事件は、組織的かつ大規模な詐欺行為として、刑法上の重罪に該当します。
ベトナム刑法第174条は財産詐取罪を規定しており、他人の財産を不法に取得する目的で詐欺行為を行った者を処罰します。この条項は以下のような構成要件を定めています。まず、客観的要件として、虚偽の情報を提供する、事実を隠蔽する、または信頼を悪用するなどの詐欺的手段を用いることが必要です。次に、主観的要件として、他人の財産を不法に取得する故意が存在することが求められます。
投資詐欺の場合、刑罰の重さは詐取した財産の価値、被害者の数、組織的な犯行か否か、再犯か否かなどの要素によって決定されます。ベトナム刑法では、詐取額が5,000万ドン(約2,000ドル)未満の場合でも懲役刑が科され、金額が大きくなるにつれて刑期は加重されます。特に、5億ドン(約20,000ドル)以上の場合は「特に重大な情状」とみなされ、より重い刑罰が科せられます。
前述のZenoMarkets等の詐欺事件では、27社ものペーパーカンパニーを設立し、複数の偽プラットフォームを運営していた点が、組織的かつ計画的な犯行として重視されました。このように、単独犯ではなく組織的な犯罪の場合、主犯格には最高で終身刑まで科される可能性があります。また、財産の没収、罰金刑、および被害者への損害賠償義務も併科されます。
偽の投資プラットフォームを用いた詐欺の典型的手口
ZenoMarkets事件で明らかになった詐欺手口は、ベトナムにおける投資詐欺の典型的なパターンを示しています。この種の詐欺スキームは、以下のような段階的なプロセスで実行されます。
第一段階は、正規の投資会社を装った組織の構築です。被告らは27社ものペーパーカンパニーを設立し、ホーチミン市とビンズオン省に15箇所以上の物理的なオフィスを開設しました。これにより、表面上は実体のある企業として存在感を示し、潜在的な被害者に信頼感を与えることができます。
第二段階は、技術的に洗練された偽プラットフォームの開発です。MetaTrader 4/5は世界中で広く使用されている正規の取引プラットフォームソフトウェアですが、この事件ではそのインターフェースを模倣しつつ、実際の金融市場には接続していないシステムを構築していました。これにより、被害者は自分が本物の国際市場で取引していると誤信させられます。
第三段階は、心理的操作を用いた顧客誘導です。営業担当者は事前に用意されたスクリプトに従い、まず小額の投資で「成功体験」を提供します。これは行動経済学でいう「コミットメントと一貫性の原理」を悪用したもので、小さな成功によって被害者の信頼を獲得し、より大きな投資へと誘導します。
第四段階は、システム操作による資金詐取です。被害者が大金を入金した後、プラットフォームを操作して意図的に「強制ロスカット」を発生させ、投資資金を全額失わせます。実際の市場に接続していないため、すべての「取引結果」は詐欺グループによって完全にコントロールされています。
このような多層的な詐欺スキームは、単純な虚偽の勧誘とは異なり、高度に組織化され、技術的にも洗練されています。ベトナムにおける日本企業や日本人投資家は、こうした手口の存在を認識し、投資機会を評価する際には慎重な法的デューデリジェンスを実施する必要があります。
投資詐欺被害に遭った場合の初動対応
万が一、投資詐欺の被害に遭った疑いがある場合、迅速かつ適切な初動対応が被害回復の可能性を大きく左右します。ベトナムにおける実務上、以下のステップを推奨いたします。
まず最も重要なのは、すべての証拠を直ちに保全することです。投資契約書、送金記録、プラットフォーム上の取引履歴のスクリーンショット、営業担当者とのメールやメッセージのやり取り、会社のパンフレットやウェブサイトの情報など、詐欺を立証できる可能性のあるあらゆる資料を収集・保管してください。特にデジタルデータは、相手方がウェブサイトを閉鎖したり、証拠を削除したりする前に、できるだけ早く保存することが重要です。
次に、地元警察への刑事告訴を検討します。ベトナムでは、詐欺罪は親告罪ではないため、被害者の告訴がなくても捜査機関は職権で捜査を開始できますが、実務上は被害者からの正式な告訴状の提出が捜査開始の契機となることが多いです。告訴状には、被害の詳細、詐欺の手口、被害額、証拠資料の概要などを明確に記載する必要があります。日本人被害者の場合、ベトナム語での正確な法的文書作成が必要となるため、ベトナム法に精通した法律事務所のサポートを受けることを強く推奨します。
第三のステップとして、民事訴訟による損害賠償請求の準備も並行して進めることが重要です。刑事手続きと民事手続きは別個の法的プロセスであり、刑事告訴だけでは必ずしも被害金額の全額回復が保証されるわけではありません。民事訴訟では、詐欺行為によって被った実際の損害額、さらには精神的苦痛に対する慰謝料なども請求できる可能性があります。ただし、ベトナムの民事訴訟手続きは時間がかかることが多く、また詐欺グループが資産を隠匿している場合は、勝訴判決を得ても実際の回収が困難なケースもあります。そのため、訴訟提起前に財産保全措置を申し立てることも検討すべきです。
外国人被害者、特に日本人の場合、言語の壁に加えて、ベトナムの法制度や司法手続きに関する知識不足が大きな障害となります。警察への告訴状作成、裁判所への訴状提出、証拠書類の法的評価など、すべての段階で専門的な法的支援が不可欠です。また、ベトナムでは法廷での証言や書類はすべてベトナム語で行われるため、公認翻訳者による正確な翻訳も必要となります。
刑法上の詐欺罪と実際の量刑の関係
ベトナム刑法第174条における財産詐取罪の量刑は、詐取額の規模によって明確に段階化されています。この条項は、5,000万ドン未満から20億ドン以上まで、複数の金額区分を設けており、それぞれに対応する刑期の範囲を定めています。具体的には、2億ドンから5億ドン未満の場合は3年から10年の懲役、5億ドンから20億ドン未満の場合は7年から15年の懲役、20億ドン以上の場合は12年から20年の懲役または終身刑となります。
さらに重要なのは、刑法第174条第3項が規定する加重事由です。この条項では、組織的な犯行、職権の濫用、多数の被害者が存在する場合、再犯の場合などが加重事由として明記されており、これらの事情が存在する場合、基本的な量刑範囲よりも重い刑罰が科される可能性があります。特に、「組織的な犯行」という要件は、複数の共犯者が役割分担をして計画的に犯罪を実行した場合に認定されます。
2025年9月にハノイ市人民裁判所で審理されたZenoMarkets等の詐欺事件では、まさにこの組織的犯行の典型例として扱われました。19名の被告が起訴されたこの事件では、主犯格と実行犯、さらにはサポート役など、明確な役割分担が存在していました。27社ものペーパーカンパニーの設立、15箇所以上の物理的オフィスの運営、複数の偽プラットフォームの同時運用など、単独犯では不可能な規模の犯罪インフラが構築されていた点が、裁判所によって重視されました。
この事件における裁判所の判断は、刑法第174条の条文と実際の司法運用の関係を理解する上で重要な示唆を与えています。法律上、詐取額が一定の基準を超えれば自動的に重い刑罰が科されるわけではなく、裁判所は犯行の計画性、組織性、被害者の数、社会的影響などを総合的に考慮して量刑を決定します。ZenoMarkets事件では、MetaTrader 4/5という正規のソフトウェアを模倣しながら実際の市場には接続しないという技術的な詐欺手法、事前に用意されたスクリプトによる組織的な顧客誘導、小額取引で信頼を構築してから大金を詐取するという段階的な心理操作など、極めて巧妙かつ悪質な手口が認定されました。これらの事情が総合的に評価され、主犯格には法定刑の上限に近い重い刑罰が言い渡されたものと考えられます。
投資詐欺における民事責任と刑事責任の交錯
ベトナム法では、同一の詐欺行為について、刑事責任と民事責任が並行して追及されることがあります。刑事手続きにおいては、被告人に対する刑罰の決定が主な目的ですが、ベトナム刑事訴訟法第65条以下の規定により、刑事訴訟手続きの中で民事損害賠償請求を併合して審理することも可能です。これは「附帯私訴」と呼ばれる制度で、被害者は刑事裁判の中で損害賠償を請求できます。
この制度の利点は、刑事事件として既に収集された証拠をそのまま民事請求の立証に利用できる点です。詐欺事件では、捜査機関が職権で詐欺の事実、被害額、因果関係などを立証するため、被害者が個別に民事訴訟を提起する場合と比べて立証負担が軽減されます。ZenoMarkets事件のような組織的詐欺では、捜査機関が押収した会社の内部資料、取引記録、被告人の供述調書などが、被害額の算定や詐欺の事実認定において重要な証拠となります。
ただし、刑事手続きにおける損害賠償命令が実際に執行されるかどうかは別問題です。詐欺犯罪者が既に詐取した資金を費消したり、海外に送金したりしている場合、判決で賠償が命じられても回収できないケースも少なくありません。そのため、被害回復の実効性を高めるためには、刑事告訴と同時に、民事訴訟法に基づく財産保全措置を申し立て、被告人名義の銀行口座や不動産などの資産を仮差押えすることが重要です。
ベトナム民事訴訟法第114条から第119条は、訴訟提起前または訴訟係属中に、相手方の財産を仮に差し押さえる財産保全措置について規定しています。この制度を利用するには、裁判所に対して、保全の必要性と被保全債権の存在を疎明する必要があります。投資詐欺事件では、送金記録や投資契約書などが疎明資料として用いられます。財産保全が認められれば、詐欺グループが資産を隠匿する前に法的に凍結することができ、将来的な被害回復の可能性が高まります。
日本企業・投資家が留意すべき予防策と法的デューデリジェンス
ZenoMarkets事件のような投資詐欺は、事前の適切なデューデリジェンスによってある程度回避することが可能です。ベトナムで投資機会を検討する際、日本企業や個人投資家が実施すべき法的チェックポイントは以下の通りです。
第一に、投資先企業の法的実在性と登記情報の確認です。ベトナムでは、すべての企業は国家ビジネス登記ポータル(企業登記管理局のデータベース)に登録されており、企業コード、代表者名、資本金、事業内容などの基本情報が公開されています。投資を検討する際には、必ずこのデータベースで企業の実在を確認し、登記上の事業内容と実際に提案されている投資スキームが一致しているかを検証すべきです。ZenoMarkets事件では27社ものペーパーカンパニーが設立されていましたが、これらの企業の登記情報を精査すれば、資本金が極めて少額であったり、設立直後であったり、代表者が複数の会社を短期間に設立していたりといった不審な兆候を発見できた可能性があります。
第二に、証券・金融取引に関する許認可の確認です。ベトナムで証券取引、外国為替取引、投資運用業務などを行うためには、ベトナム国家証券委員会(SSC)または中央銀行からの正式なライセンスが必要です。ZenoMarkets、Londonex、CHMarkets、TradeTimeといった偽プラットフォームは、いずれもこれらの許認可を取得していませんでした。投資家は、プラットフォーム運営者に対してライセンス番号の提示を求め、規制当局のウェブサイトで実際に登録されているかを独自に確認する必要があります。
第三に、投資契約書の法的レビューです。詐欺的な投資スキームでは、契約書が曖昧であったり、一方的に不利な条項が含まれていたり、あるいは法的強制力のない覚書程度の文書しか提供されなかったりすることがあります。正規の投資契約には、投資対象の明確な特定、リスクの開示、収益配分の具体的計算方法、紛争解決条項などが詳細に記載されているべきです。契約書をベトナム法に精通した弁護士に事前にレビューしてもらうことで、法的リスクを早期に発見できます。
第四に、資金の流れの透明性確認です。正規の投資であれば、投資資金は金融機関の分別管理口座に入金され、その使途も明確に報告されます。一方、詐欺スキームでは、個人名義の口座への送金を求められたり、送金先が頻繁に変更されたり、海外への送金を要求されたりすることがあります。こうした不審な資金移動の要求があった場合は、投資を見合わせるべき重要な警告サインです。
ベトナムにおける投資詐欺被害の救済と法律事務所の役割
投資詐欺被害に遭った場合、法律事務所が果たすべき役割は多岐にわたります。まず、証拠収集と法的評価の段階では、被害者が保有する資料を法的観点から分析し、詐欺罪の構成要件を満たすか、民事上の不法行為が成立するかを判断します。この段階での正確な法的評価が、その後の刑事告訴や民事訴訟の成否を左右します。
次に、刑事告訴手続きの支援では、ベトナム語での告訴状作成、証拠書類の整理と翻訳、警察や検察との交渉、捜査の進捗確認などを行います。外国人被害者の場合、ベトナムの刑事司法制度に関する知識が不足していることが多く、専門家による適切なガイダンスが不可欠です。また、必要に応じて被害者の権利を代理して主張し、捜査機関に対して適切な捜査を求めることも法律事務所の重要な役割です。
民事訴訟手続きにおいては、訴状の作成、財産保全措置の申立て、証拠提出、法廷での弁論などを代理します。ベトナムの民事訴訟は書面主義と口頭主義が混在しており、日本の訴訟手続きとは異なる側面も多いため、現地の実務に精通した弁護士のサポートが効果的です。
さらに、被害回復の実効性を高めるため、資産調査や強制執行手続きの支援も行います。判決を得た後、実際に賠償金を回収するためには、債務者の財産を特定し、裁判所の執行機関を通じて差押えや競売などの手続きを進める必要があります。この段階でも専門的な法的知識と実務経験が求められます。
ベトナムにおける投資詐欺は、法制度の未成熟さや執行の実効性の問題から、被害回復が困難なケースも少なくありません。しかし、適切な法的対応と粘り強い取り組みによって、一定の救済を得られる可能性はあります。特にZenoMarkets事件のように刑事事件として立件され、組織的な詐欺として認定された場合、裁判所は被告人に対して厳正な刑罰とともに被害者への損害賠償を命じることがあり、これが被害回復の重要な契機となります。
ベトナムでの投資詐欺被害や投資リスクに関してご懸念がある場合、またはベトナム法に基づく法的デューデリジェンスをご検討の際には、ベトナム法実務に精通したUnilawまでお気軽にご相談ください。